【 新刊 GAZE 3月号 】 不確実性の時代

2017-03-19
経済学者ジョン・ケネス・ガルブレイス*の著書「The Age of Uncertainty」の邦題である。
John Kenneth Galbraith 慎重2メートルを超す、米国の著名経済学者(拠出:ウィキペディア)
ガルブレイス 

何が起こるのかさえ予測できない場合に、不確実性という用語が使用され、一方、過去のデータなどを用いて将来起こることが予測されている場合には、リスクという用語が用いられるのだそうだ。端的に言うと、不確実性では発生確率が不明で計算できない。リスクでは、何が起こるかと、発生確率が分かっているので、金融工学でヘッジできるという経済的な考え方である。

今年の3月11日で、あの東北大震災から6年が過ぎた。電気のプロ集団である東京電力でさえ、非常用電力の供給に手こずり、原子炉の冷却が行えず、メルトダウンを引き起こしてしまった。あれ程、安全だと言われていた原子炉が、巨大地震や大津波が起きたにしろ、非常用電源設備が低地にあったため、海水が電源施設に入り込み、電源供給できなかったことを「想定外」とされたのでは堪ったモノではない。16万人を超える人が避難生活を余儀なくされ、今でもその半数が自宅に帰れないでいる。

私は前々回の市議選の際に、大震災直後にわかに(?)出現した茨城県南自然エネルギー研究会なる団体の原発の在り方に対するアンケートに、息巻いて即時廃止を訴えたモノでした。似非リベラルあるいは左翼を自負する私なので当然と云えば当然の回答です。世界的には、台湾、ドイツ、スイスが原発撤廃を国策として進めています。

原発撤廃に反対する意見はと探してみると、偶然、以下のブログに行き当たりました。
http://blog.globis.co.jp/hori/2011/05/post-f6c5.html

別に、保守系の考え方としてではなく、SNS上でご自分の考え方を比較的分かり易く、あるいは改革派の深謀遠慮に欠ける物言いに対しての批判として、参考になる意見として此処に取り上げてみました。

昨晩、とある情報番組を観ていると、池上彰が『日本はやたら”当分の間”と云う言葉を多用して、問題を先送りにする傾向がある』と説いていて、全くその通りだとガッテンした次第である。

コレコレこうだからと専門家委員会が仰るのだから間違いないのだろうと、事の成り行きを見守っていると、突然、ソレはダメ!?と言い出す御仁が現れ、物事が中断してしまう。前者は、検討の段階でどこからか圧力がかけられ作為的な結論・提言をしてしまったのに違いなく、後者は、ソレこそ堀義人氏の云う代替案も示せないのに、ポピリズムに媚びた言動を終始くり返すだけでは頂けない。

問題の原因究明は大事であり、リスクが予見され、代替策で回避できるのであれば、行うに越したことはないのであろうが、想定外とも思われる問題が次から次へと露呈するようでは、不確実性の烙印を押し、葬り去るのが経済学的な考え方ではないのだろうか。

核関連施設については、以下の問題となっている施設がある。
原子力船むつ ⇒ ディーゼル機関に載せ替え、独立行政法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)の「みらい」として運航されている。

高速増殖炉もんじゅ ←福井県敦賀市にある研究実験炉。投下した燃料以上の燃料が生産できると言う夢のような話だが、金を使うほど金が貯まるい云う儲け話に通じるモノがある。

核燃料の再処理工場 ←青森県六ヶ所村にある核処理施設。自分で出したゴミは自分で処理するが原則である筈だが、技術国家日本はコレができていない。

東海村原子炉 ←茨城県東海村にある原子炉。ずさんな作業で臨界事故を起こし、作業員3名中、2名が死亡、1名が重症となった他、667名の被曝者を出した。最近では、低レベル核廃棄物が入ったドラム缶700本余りが冷却プールに乱雑に放置されているのが報道されている。
廃棄ウラン 

市政評論家=福祉サンタ=古谷一成


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