新しい守谷市政に期すこと ー NEXT守谷

2016-09-19
NEXT守谷!? 守谷の次は、小絹だっぺ。

これが地元住民のレベルかと云えば、然(さ)にあらず。新住民ならびに地元住民の中にも梶岡博樹さんに期待する声は多い。彼についてブログる前に、守谷市政についてこの場でもう一度、語らせて頂きたい。

市政は勿論、住民のための活動である。住民主役でなければいけない。父親(大柏)も私も定年まで、土日を守谷で過ごすパートタイム住民であった(婆さん一人で家を守っていた)。新住民を呼び込む住宅団地を造る以前は、守谷駅前に店など一軒も無かった。戦時中は、対岸の十余二に陸軍の柏飛行場があり、米軍艦載機による攻撃を度々受けたが、何もない守谷には爆弾一発どころか機銃弾一発も落ちてこなかったとか。史実的には、徳川家康が鷹狩りに興じて、夕刻道に迷い、仕方なく椎名家で夜を明かしたことが古文書に記されてある。

何もない守谷に、新しい住民が来たら、先ずする事と云えば、学校の建築である。当時、守谷ではまだ珍しい鉄筋コンリート校舎である。災害時には、防災拠点にもなり、誰も文句はない。次々に住宅団地ができる度に、学校を建てる。ついでに道路・上下水道を整備する。要するに、ハコ物行政である。まぁ、仕方の無い時系列分析であるが、右肩上がりの税収が見込めなくなったと気付く頃には、インフラの維持管理および借入金返済が延々40年ほど続く事態となっていたのである。

別に行政財政は無借金である必要は無いが、返済は勿論、若年世代にツケとして残るので、現在から将来の守谷に魅力がないのであれば、若者達は都市部に回帰してしまうだろう。

今いる住民に何がしてあげられ、将来の住民に何が残せてあげられるのか、それを提示できるのが市政のリーダーたる市長である - 守谷市長≓古谷市長(←なんとなく響きが似ている。。。)。


守谷市政評論家=福祉サンタの古谷一成
 
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