守谷市のビフォーアフター

2016-09-22
オイルショックの景気低迷と大都市部の住宅難が呼び水となり、茨城県南鉄道沿線での宅地開発が始まった。取手、竜ケ崎、常総で次々とニュータウンが造成されていった。貧乏な我が町守谷も、金は欲しいが土地は手放したくないの議論の中、何故か東京で土地転がしに失敗し、大損こいた会田真一氏と松丸修久氏が市政に登場。パンドラの箱を開けてしまったのだ。彼等は転入してきた住民のために、つくばTXを引き込み、学校、道路、上下水道を次々と建設。街の景観は一変した。ローン会社のCMにもあるように、「借金は計画的に!」を肝に銘じたのだろう、守谷市の財政状況は、県内1位、全国3位(←2008年頃のデータ)という誰もが疑ぐりはするものの信じられない状況なのは事実!?なのである。

しかし時代は少子高齢化、核家族の流れは、都市回帰の現象を引き起こす。郊外に念願の一戸建てを購入したものの、親とは非同居のスタイルは、当然、子供達にも引き継がれ、彼等は巣立って行く。そうなると需要のない郊外一戸建て不動産価値は低く、それよりは、大都市部の高層マンションの方が、利便性ともに高いのである。

一方、地元系=市街化調整区域で暮らす住民の暮らしぶりはどうなのかと云えば、大家族制(所謂、爺ちゃん、婆ちゃん、孫達と同居)を堅持しているものの、農家を継ぐ者はなく、勤め人の夫婦共稼ぎが大半である。中には、新住民の都会的ライフスタイルに魅せられ、長男は出て行き、次男・三男が家を継いでいるケースも出てきている。こうなると、地元系住民が最も恐れる相続時の兄弟の骨肉の争いとなり、家族制度が脆くも崩れ去るのである。

私も安っぽい「ミニコンパクト・シティー 守谷」を標榜してはみたものの、地場産業を創出する難しさに解を見いだせずにいる。外部業者を使って、大型商業施設を入れることは簡単だが、これにより地元商店街は疲弊し、外部業者は採算がとれなければ簡単に出て行ってしまう。スーパーで自分達の野菜が売れればまだしも、物流が整い、他県の農産品が入ってくるとなると、農家は仕方なく畑を売りに出す。ポツリポツリとミニ宅地開発が起こり、残った農家も次第に追いやられていく。

市政ブログを書いていて、気分が悪くなってきた。ここら辺で止めておこう。。。


守谷市政評論家=福祉サンタの古谷一成


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